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50記事目ー! [お話]

50記事達成!!って事で、いつもとは趣向を変えて小説・・・っていうほどでもないか、ちょっとしたお話を書いてみたり・・・。

いやあ、久しぶり過ぎて遅々として作成が進まなかったよ。
短い話とはいえ、全部描き終わるのって何年ぶりだろ。
ギャグではなく、ハートフルな話が書きたかったんだ。
とかいいつつ、病んだ曲を垂れ流しながら打ってたけども。はあとふるって…口先だけ
何度かギャグ路線にそれそうになったが、小説でも長年その路線だったからだよ!

話書くのなんて久しぶり過ぎな上に、見直しもしてないので、文体がおかしかったり、うち間違いが多々見られると思いますが、目を瞑ってやって下さい。
文章なんて稚拙すぎて恥ずかしい!書いてものせらんないよ!と思っていたが、ハラキリする思いで載せてみる。見直すのも恥ずかしいんだ!
ざっとスクロールバーを下ろして見た限り、語彙が稚拙な上に、初心者にありがちな「会話で済ませる!」「描写ってなんぞ!」的な感じにはなってたwww大学の勉学が身についてねえなあ…もさい文章を読みたくない人にはお勧めしない。

話はコロパン一家プラス優樹みたいな話。
なんか話的に描写しにくいから、文章だけど擬人化になってる。

まあ、それでも読んでやるよって心が広い人はどぞ。


とある薔薇色の幸せ



 「あら、嫌だ。これ壊れてるじゃない。」
 そう不満気に呟くと、彼女は黒く光沢のある帽子を手渡されたばかりの相手につき返した。
 帽子を受け取った鈍は、その厳格な執事の様な井出達にそぐわず、こちらもまた不愉快そうな表情を隠そうともしない。
 しかしこの程度のクレームは毎度のことだ。壊れているのならば、修繕できる可能性もあるのだから、と、鈍は手にした帽子をためつすがめつしながら、彼女、殺音の気に障った部分を探した。
 二人はどこかへ出かける予定だったのか、いつもより整った身なりをしている。鈍はいつもよりも良い生地と仕立てのスーツ、殺音に至っては全身黒ずくめではあるが、素人目に見ても上質のラビットファーのついた上着に、シンプルではあるが、細部に渡るまでディティールに凝ったインナー、細く、形の良い足を引き立たたせるぴったりとしたパンツ、そして美しい光沢のあるレザーの靴という井出達である。その胸元には一点だけ色を持った、透明感のある青色のサファイアのブローチが輝いている。服装全体を見る限り、一見けばけばしい様だが、どこかしら気品があるように見えて、彼女に妙に似合っている。
 もう夏も終わりにさしかかり、冷たい風が吹き始めた窓の外から、暖かい日差しだけが差し込む室内は、リビングのような広さがあったが、ここは殺音の部屋に隣接する小部屋で、さらにその隣にあるクローゼットとしての部屋から取り出した服をコーディネイトしたりする、試着室の役割としてだけ使用されている部屋だった。なんとも贅沢な話ではあるが、この家の美点は広いことに尽きる。外から見ればちょっとしたお屋敷だ。だがその美点をはるかに凌ぐ勢いでこの家は古かった。一歩歩く毎に鶯張りの様に歪んで隙間だらけの床が軋み、ドアを開けば扉が悲痛な悲鳴を上げ、窓の開閉は常に力任せである。
 その古い部屋の中にも唯一煌びやかに贅沢とも思える、小さなシャンデリアがある。その下に設けられた質素な机に備え付けた、これもまた質素な椅子の上に、置物のように静かに、殺音の一人息子の殺那がちょこんと座っている。小さな机には、若干不釣合いなほど大きな画用紙と沢山の画材が並んでいるが、殺那は絵を描く手を休めて二人の様子を見ていた。
 母親譲りの長い睫毛に縁取られた瞳からは、二人を観察して何を考えているかは読み取れないが、大人の雰囲気を伺っている、というよりはただ見ているだけという感じである。
 一通り鈍が帽子に目を通したところ、別段大きく破損した所はないようだったが、よくよく目をこらして見ると、均等に並べられた黒のスパンコールがわずかばかり剥げた部分が見受けられた。
「なんだこれくらい、わかりゃあしないって。」
 そうは言ったものの、殺音は納得しかねる様子である。
 この様子では、いくらまだ時間に余裕があるからとはいえ、またもやクローゼットという名の広い室内に、山の様にそびえ立つ巨大な服と靴と装飾品に挑み、新しい帽子を探し出さなければならないと思うと、鈍も簡単に引き下がるわけにはいかなかった。
 しかし普段は下着も同然の格好で家をうろつく殺音も、人前にでるとなれば、不良品を身につけるのはプライドが許さないようで、頑として聞き入れない。
「もうお前の装飾品の山に特攻する気はないね。これを被らないならもう被り物はなしって事でいいじゃないか」
「あら、主人にたいしてその口の聞き方はなぁに?このコーディネイトだとこの帽子が一番合うのよ。」
「何が主人だ、偉そうに…ひがな一日裸も同然な格好でごろごろしやがって。」
 二人の間に火花が散る。まさに一瞬即発の状態であったが、このまま膠着状態に持ち込まれるであろう事が、今までの経験上、様子を見ていた殺那には理解できた。
 そこで机の上に散乱している画用紙を丸め、他の画材をかき集めて小さい腕に溢れそうなほど抱えると、二人を残し、部屋を後にした。このままここに留まっても二人の言い合いを延々と見るばかりで、実になることはひとつもない。
 殺那は腕に抱えた画材を落とさないように慎重な足取りで、床を軽く軋ませながら、部屋に戻る階段を上ると、ふと動く影を見つけ、踊り場にある窓から庭を見下ろしてみる。
 庭では庭師の遊樹が、脚立を抱え、大きな枝切りバサミを持って、次の整備地に向かっている所だった。この家は敷地が膨大で、家の前面は昔から近所の子供の遊び場として開放していた為に、土が踏み固められ、草はいくらも生えておらず、見た目は悪いというほどでも無かったが、後ろの山まで庭が繋がっている為、どこまでが山でどこからが庭か分からない有様だったのを、遊樹が地道に整備して、草を毟り、道を作り、花を植えたり、樹を整えたりして、綺麗にしていた。
 殺那はしばらく遊樹の姿が庭の奥に消えて行こうとするのをぼんやり見ていたが、ふと何かを思い立ち、部屋に駆け戻った。
 殺那の部屋はベットと小さなクローゼットしか家具のない殺風景な部屋だが、今は製作中の絵のカンバスや彫刻、それらを作成するための絵の具や彫刻刀、資料とする為の膨大な量の画集や有名な絵の模写、そのほかにも何に使うか判らない道具までが所狭しと部屋に乱雑に置かれていた。そこに今抱えて戻ってきた画材を適当にその中に加えると、今度はその中から一枚の絵を掻き分けるように取り出した。華麗な色使いの絵が描かれていたが、ところどころ色が抜けているところを見ると描きかけのようだった。
 それを折り目がつかないように慎重に丸めると、普段の緩慢な動作からは想像もつかないような素早い動きであっという間に部屋を出て階段を駆け下りる。その様子はまさに風のごとく、である。
 庭に出ると殺那は遊樹の姿を探した。2mを超える巨体を持つ遊樹といえども、高くそびえる木々が乱立する庭では、見つけるのはなかなか難しかった。
 遊樹を探す事に夢中になり過ぎて、かなり庭の奥の方まで来てしまったようで、自分の背丈よりも高い雑草に囲まれていると気づいたのはかなり後の事だった。
 道に出ようとキョロキョロと辺りを見回すが、どちらを向いても少し枯れ色を含んだ草が見えるばかりである。稀に道らしきものがあっても、それはどう見ても獣道で、家にも遊樹にもたどりつくようには思えなかった。
 どう見ても可憐な美少女といった風体の殺那だが、その中身はたおやかな、というにはあまりにも頑丈で、その肉体は屈強だった。普段なら森に迷うことがあっても野生の感的なものを使って家に帰るか、アウトドア気分で食べ物を自分で調達して、森で何日も過ごして平気なほどだ。しかし滅多に困ったりしない殺那だったが、この状況には少し、参った。
 今彼はどうしても早く手の中にある絵を仕上げたかった。せっかく思いついたアイディアを早く形にせずにはいられなかったのだ。
「遊樹おにいちゃーん」
 駄目でもともと、と殺那は遊樹を呼んでみた。
「あれ…その声は殺那ちゃん?」
 意外な事に返事が少し離れた所から返ってきた。どうやら探す方向は間違っていなかったようだ。
 がさがさと草を掻き分ける音がしばらくしていたが、殺那は唐突に体が宙に浮き上がるのを感じると共に、急に視界が開けた。遊樹が殺那を草むらから見つけ出して、取り出したらしい。
 遊樹の腕に抱えられて、殺那はやっと背の高い草むらから抜け出す事ができた。
 遊樹はいつもの麦藁帽子姿に虫除けの上着を羽織って、手に泥のついた軍手をしている。どうやらこの近くで作業していたようだ。遊樹に抱えられた視線から見ると、少し開けた場所が近くにあり、そこで部屋に飾ってあったと覚えがある植木鉢がいくつか置いてあった。どうやらこれを植え替えていたらしい。
 丁寧に殺那を植木鉢の近くに下ろすと、遊樹は殺那の目線に合わせるために大きな体を精一杯かがめて「それで、どうかしたのかい?」と尋ねた。
「うん、お願いがあるの。」
 あまり物事に関心を示す事が少ない殺那がお願いごととは珍しい事だ。しかも若干気の触れている殺那の事だ、何を言われるか想像もできない。
 遊樹は少し思案する様子を見せたが、他でもない、妹のように可愛がっている殺那の頼みだ。できる事なら聞いてあげたい。
「僕にできる事かな?」
 だが、その返答は意外なものだった。
「うん、お花が欲しいの。」
 遊樹は少し首を傾げる。二つ返事で承諾してもよかったが、今まで花に見向きもしなかった殺那が、何故花を欲しがるのだろうと不思議だった。しかし殺那の手に持っている絵を見てなんとなく合点がいった。その絵は何度も絵の具の顔料を混ぜ合わせては色が納得いかないと言っていた絵だ。きっと花をその絵に使用しようというのだろう。遊樹は芸術の事はさっぱりだったが、芸術における殺那の意気込みは、並々ならぬものがある事を承知していたので、殺那が今いい事を思いついて、それを早く試したいのだと察しがついた。
「で、どんな花が欲しいんだい?」
 遊樹が立ち上がると、大人と人形のように体格差がついたが、殺那は自分の少ない語彙でどうやってイメージを伝えるか考えているようで、以前目線を変えずに遊樹の足元を見たままである。
「んー…と…ばら…?」
 この年頃の子供である。バラ。もしくはチューリップくらいしか知らないのではないだろうか?とは思いつつも、遊樹は殺那を先導して歩き出した。無論歩幅がかなり違うので、遊樹がどんなに気を配って歩いても、殺那は若干小走りだ。
「薔薇?そうだねえ…まだ少し時期が早いけど、温室ならもう結構咲いてるから、気に入るのがあるんじゃないかな。」
 家の方角だと思われる方向にしばらく歩くと、森の中からでもキラキラと輝くガラス張りの温室が見えてきた。
 近くまでくると、温室は結構年季の入った作りではあったが、ガラスはしっかりと磨かれて、十分に温室の役割を担っているようだった。
 温室の中に入ると、ぽかぽかとした陽気と、花の甘い香りが一面に広がっていた。どちらを見ても綺麗な色の花が地面やプランターに植わっている。枯れた花や雑草は綺麗に除去されており、よく手入れが行き届いている。
 しばらくは殺那もじんわりと体にしみ込む暖かさに目を細めていたが、自分の目的を思い出したのか、慌てて温室を散策し始めた。
「で、どんな色の薔薇がいいんだい?」
 いつの間にか片手に霧吹きを持った遊樹が時々気になる所に水を吹き掛けながら、尋ねる。
 花を真剣に見つめながら殺那はポツリと言う。
「あお」
 殺那の要望に遊樹は少し目を丸くする。
「あお?青い薔薇?んー…珍しい花だけど、たしか有ったよ。」
「ほんと?」
 その遊樹の答えに、表情は変わらないが、殺那は少し嬉しそうな声で聞き返した。
 実際青い薔薇は自然には存在しない。薔薇という品種が青色の色素を作りにくい品種だからだ。その為にブルーローズという言葉が「不可能」「有り得ない」という意味を持つほどである。しかし近年、品種改良によって生み出され、その度にニュースになっている。
 だが、ここの主である殺音が「欲しい」とどこかで漏らしたのだろうか。つい最近「貰ったの」と唐突に出かけた先で持ち帰ってきたのだった。だがその表情はさして興味もなさそうだった。この家には貢物とおぼしき調度品から貴金属まで、いろいろな物が置いてあるが、どれもさして彼女の興味を引くものではないようで、粗雑に置かれている。この花もそんなものの一つだろうが、放っておけば枯れてしまうので、鈍が遊樹にまかせたのだった。
「ほらこれだよ。」
 そう遊樹の指差す方向に殺那が目をやると、遊樹の手作りだろうか、手作りの棚が作りつけられ、その上には豪華な胡蝶蘭を筆頭に、手入れが難しく、高価な植物が並べられているようだった。その中央付近にそれと思われる薔薇が置いてあった。
 しかし、それを見た殺那には明らかに落胆している様子だった。
「…むらさき…だね…。」
 その言葉を聴いて遊樹も「うう~ん」と肯定とも否定ともつかない声を出す。
 事実、その薔薇は青みを帯びてはいたものの、青と完全に言い切れるほどの発色ではなく、見る人が見れば薄紫に見えるだろう。青っぽい薔薇と言えばそれまでだろうが、現状で青い薔薇といえばこれだけの色が出せるだけでも万々歳ではないだろうか。
 だが、このいかにも期待を裏切られてしぼんでしまった殺那にその事実を伝えるのは酷な気がして、遊樹は「他にも青い花はあるから、そうがっかりしないで」と慰めた。
 しかしその後どの花を見せても、殺那が首を縦に振ることはなかった。

 昼下がり、休憩室で考え込む遊樹の姿があった。
 家の一室に机と椅子、簡易ベットとして横になる為のソファなどが置いてあり、従業員が喉を潤す為に自由に飲める水やポットに入ったお茶やコーヒーなど、そこそこの設備が整っており、なかなか居心地のよい空間となっている。気軽に使えるだけあって、いつもは休憩時間となるとちらほら人がいるのだが、今は誰もいない。
 遊樹はその中の小さな机の上につっぷし、その巨体で机の上をほぼ占領している。
 折角注いだお茶に手もつけず、既に湯気すらたてず、暖かさを失った事の分かるお茶が、かなりの間こうしている事を物語っている。
 その原因が先ほどの殺那の薔薇がっかり事件に起因することは言うまでも無かった。
 今日は仕事が午前中までだったが、隣接する実家に帰宅したものの、殺那の事が気になってまたこちらに戻ってきてしまったのだ。
 しかしいくら考えたところで、薔薇を今更入荷するのも時間がかかる。それは花屋に買いに行っても、店頭になければ発注になるので同じ事だった。それまでもし殺那があの状態だったら、と考えると気が気ではなかった。
「あ~~まいったな…」
 がしがしと頭を掻いて遊樹は一人呟いた。
 同時に休憩室の扉が乱暴に開けられる。
「参ったのはこっちだ!まったく…。」
 驚く遊樹が振り返ると、そこには鈍が立っていた。しかもその姿は憔悴しきって、どう考えても機嫌がいいとはいいがたかった。
「あれ、鈍さん、今日は午前中から出かける予定だったんじゃ…?」
 遊樹の仕事が半ドンだったのもこのためだ。この家には遊樹の他にも何人か人がいたが、仕事を統括する鈍がいない時には最低限の人数を残して帰宅させるのが常だったからだ。
「ああ、あれか?またあいつが服装でダダこね出して、下手をすると明日以降の出発になるかもな。」
 鈍は午前中の出来事を出来事をざっと説明すると、紅茶をカップに注いで、遊樹の向かいの席に腰を下ろした。
 どうやら、殺音とのいがみ合いは、結局は鈍が折れて、殺音の気に入る装飾品をまたあの山の中から探しているところらしい。
 かなりフラストレーションが溜まっているらしく、紅茶に半ばやけくそ気味にかなりの数の砂糖を投入している。流石にその砂糖は入れ過ぎなんじゃ…と遊樹は鈍の手元を見ながら「はあ…そうなんですか」と半ば気のない返事をする。しかしそんな時間にルーズに動いて先方は何も言わないのだろうか、とも遊樹は少し思ったが、殺音のあの振る舞いからして、それは大した問題ではないのかも知れない。と思ってしまうのは若干あの女王様の毒気に当てられているのかもしれない。
「で、お前のほうはどうしてまだ残ってるんだ?それになんかさっきから悩んでるみたいじゃないか。」
 聞いて、一口紅茶を口に含んだ鈍は、流石に甘すぎたのか、一瞬眉間の皺を更に深くしてから、次の一口は口に運ばずに紅茶をソーサーの上に戻した。
 言動も口調も荒っぽいが、なんだかんだで困った時には、鈍は優しく、頼りになる存在だった。
 遊樹が子供の時などは、皆の遊び場だった公園が閉鎖になった時にはここの庭を開放して遊ばせてくれたり、怪我をした子供を手当てしてくれたりと、文句をいいながらも色々と世話をしてくれ、遊樹の同世代の中では鈍はヒーローだった。ここで働く人が増えて、そちらに時間を割かれてなかなか相手をしてはもらえなくなったが、遊樹は家が隣で頻繁に出入りしていたためか、鈍にとりわけ懐いていた一人だった。ここで働き出してからも、なにかと鈍が様子を見てくれるので、自然先輩達よりも鈍に頼る事が多かった。
 それに今回の事は殺那についての悩みなので、一番殺那を可愛がっている鈍にアドバイスを求める事は妥当ではないかと思った。
「そりゃあどうしようもないな。」
 鈍は淹れ直した紅茶を飲みながら遊樹の話を聞いていたが、ため息をつきながらも、遊樹の悩みを一刀両断にばっさりと切って捨てた。
 半ば予想していた回答とはいえ「やっぱりそうなんですかねぇ」と遊樹は煮え切らない。  
「今度暇ができたら新しい絵の具でも買いに連れて行ってやるさ。」
 糖分を補給した事で、少し落ち着いたのか、鈍は机の上のカップを端に寄せ、隣の椅子に置いていた荷物を机の上に乗せる。どうやら何かの書類のようだ。
「どうせ出発までに時間がかかるんだ。頭が少しでも回ってるうちに、持って行く書類に手を加えておかないとな。」
 どこまでもマメな男である。
 遊樹もそれなりには勤勉なほうではあるが、休憩室にまで仕事を持ち込むほどではない。いつもは鈍も休憩中の従業員に気を使って、このような作業は休憩中の従業員の目の届かない場所でするのだが、どうせ今日は誰もこの場所を使わないと思い、持ち込んでいたらしい。今は遊樹が目の前に座っているが、事業時間外であり、近所の子供だったという気安さからか、カウント外になっているようだ。
「あー、鈍さんってインクペンなんて使ってるんですねぇ…古風だなー」
「古風で悪かったな。」
 普段はボールペンやシャープペンシルを使わないでもなかったが、この仕事をしていると、外出先などで安物のボールペンなどを使用するのは人の目が気になる。しかも先方で備え付けているのもこのような物が多かった。だからこそ万年筆やインクペンなどの使い方に自然に慣れていってしまったのだ。
 その手に持たれたヴェネチアンガラスのペンが文字を綴るのを、遊樹は頬杖をつきながらただ眺めていた。
 このまま座っていても何も解決しないだろうから、鈍さんの邪魔をしないようにそろそろ家に帰ろうか、といった事を思案していた。が、ふいに何かを思い出したらしく、ぽつりと言った。
「…そういえば、覚えてます?僕が子供の頃に夏休みの宿題、手伝って貰ったの。」
「んー?そんな事あったっけか?」
 書類に集中している鈍は、思い出そうとしているかどうか怪しい口調ではあったが、遊樹は何か大発見をした!といった様子で、その口ぶりには少し興奮が入り混じっていた。
「ほら、あの時は僕が夏休みに育てた花使って、綺麗なドライフラワーのリースを作ったじゃないですか!」
 そこまで聞いて、鈍もやっと思い出したらしく「そういえば…」と頷いてくれた。
 これで殺那ちゃんを元気付けてあげられるかも知れない、と遊樹は休憩室を意気揚々と飛び出して、温室の方に向かっていった。

 そろそろ日もくれてきた頃で、まだ書類に向かっていた鈍は、字が陰って認識しづらくなったのを意識して、電気をつける為に席を立った。
 電気をつけようと、スイッチに手を伸ばした時、足音が休憩室の近くにある勝手口から入ってくるのを感じた。多分この大きく床の軋む、重たい足音は遊樹だと容易に想像がついた。
「優、お前まだ残っていたのか。」
 電気を点灯させると、ドアノブを開ける。さっきまで夕日の入っていて、ぎりぎり字が認識できていた室内とは違い、すっかり暗くなった廊下に大きな影が見えた。この見慣れたシルエットはどう見ても遊樹である。
「はい、殺那ちゃんにこれ、早く渡したくて。殺那ちゃん部屋にいます?」
 そう言って遊樹は片手を揚げる。何か持っているようだったが、明るくした室内に晒されたばかりの目では、暗くて鈍にはよく見えなかった。
「さあ、多分今日の様子だと、自分の部屋でふて寝でもしているんじゃあないか?」
「そうですか、じゃあ行ってみますね。」
 優は暗い階段を、手すりを頼りに慎重に上って、殺那の部屋にやってきた。
 ノックをしてみたが、返事はない。寝ているのだろうか、と、何度か声をかけてみたが、返答が帰ってこないので、ドアノブを捻ってみると、鍵はかかっていない。そもそも殺那本人に鍵をかける習慣がないので、当たり前といえば当たり前なのだが、これ幸いとばかりに遊樹は殺那の部屋に入ってみる。
 沢山の絵や彫刻が、静まりかえった暗闇に所狭しと置いてある様は、お世辞にも気味のいいものではなかったので、遊樹は慌てて電気のスイッチを押す。
 明かりの点った部屋はいくらか不気味さは緩和されたが、肝心の殺那はいなかった。唯スペースと呼べる広さのあるベットの上にもその姿は見当たらない。
 しかし、殺那は大物の作品を好む為、そこいらに置いてある彫刻ひとつ取っても、ゆうに殺那の身長の倍はある。その隙間に殺那が埋まっている可能性は十分にあった。
 しばらく作品をひっくり返したりしていると、縦横150cmほどのカンバスが並べてある壁とカンバスの隙間に、鈍が言ったとおり、小さい体を更に小さく丸めてふて寝している殺那の姿があった。
 遊樹が呼びかけながら体を優しく何度か揺すると、殺那はようやく目を覚ます。元から眠そうな顔をしているので、しっかり目が覚めているのかどうかは分からなかったが、遊樹が自分の部屋に来ているという状況をやっと把握したのか、いささかぼんやりした口調で「どおしたの?」と尋ねてきた。
「起こしちゃってごめんね、実はこれを殺那ちゃんに見せようと思って。」
 そう言って笑顔の遊樹は殺那の前に花を出して見せた。
 その花を見て、殺那は何度か目を瞬かせ、遊樹と花を交互に見比べる。
「このバラ、青いよ?」
 遊樹の手には手に入らないと言っていた青いバラが数本握られていた。その色は紫がかった「青っぽい」薔薇ではなく、深い海のような綺麗な色の青をしていた。
「どうやって手に入れたの?青い薔薇はないんじゃなかったの?」
 不思議そうに尋ねる殺那に、遊樹は「魔法だよ」と笑って、殺那に薔薇を差し出した。
「くれるの?」
「もちろんだよ。殺那ちゃんの為に用意したんだから。」
 殺那は少し戸惑った様子で、オズオズと薔薇を受け取ると遊樹の顔を見た。
「ねえ遊樹お兄ちゃん…」
「ん…?なんだい?」
「ありがとぉ…」
 殺那は滅多に変わらないその表情を、笑顔にほころばせ、色白の頬は蒸気して、薔薇色になっていた。
 その顔を見れただけで、遊樹は報われた気がした。
 実は青い薔薇は白い薔薇に、鈍の書斎から持ってきた青いインクを吸わせて作った物だった。
 子供の頃の夏休み、遊樹は色々な色の花を育てるつもりが、種が偶然にも全て白い花の種だったのを、鈍にインクを吸わせて色をつけるという提案で色をつけた花を使ったのを思い出したのだ。まあ、あの作品は、男の子がみんな昆虫の標本やプラモデルを作ってる中では馬鹿にされたが、女の子には評判は良かった。
 しかしインクで色をつける、とはいっても、これが綺麗に色がつけるのは結構難しい。子供の自由研究程度ならまだしも、美術感覚の優れた殺那を納得させる薔薇を探す為に、温室の薔薇という薔薇をインクに浸してしまったのだ。
(後できっと鈍さん怒るかもしれない…。)そんな事が一瞬頭をかすめたのだが、考えないふりをするのも、この笑顔の前では容易いことの様に思えた。

 次の日の朝、鈍は遊樹の想像した通りお冠だった。
 あの後、遊樹が家に帰宅した後、深夜の見回りをした鈍は、温室の惨状を見つけ、今日に怒りが持ち越されていたのだ。片付けを次の日に持ち越したのが原因だが、隠した所でいずれはばれて怒られるのは時間の問題だった。
「まったくお前ってやつは…」
「す、すみません…」
 独断で仕事場の花を必要以上に手折ってしまったのだ、怒られて当然である。長いお説教を聴く羽目になるのは覚悟の上だった。
 椅子の上で大きな体を精一杯小さくして、反省する遊樹に鈍の視線が刺さる。いたたまれない気分だった。
 すると、そんな場の空気などどこ吹く風で、軽やかな足取りでひらひらと蝶々のようにすそを翻しながら、殺那が部屋に入ってきた。
「ねえねえ、もげ、遊樹お兄ちゃん見て見て、絵が完成したの。」
 その顔は徹夜で作業をして少し疲れていたのか、色白の肌がいっそう青白くなっていたが、その表情は晴れやかだった。
 絵を鈍に手渡すと、殺那はじっとその反応を見ていた。
 鈍は絵をしばらく眺めていたが、大きくため息をついた。
「…よく、できているな。」
 それを聞いた殺那は満足したのか、徹夜で疲れた体を休めるために、ふらふらと自室に戻って行った。
「優、お前ももう戻っていいぞ。」
「…え?なんで…」
 別にお説教を聴きたいわけではないが、叱られなくていいのだろうか、と不思議に思って、つい疑問が口をついて出た。
 鈍に絵を手渡された。
 孔雀…だろうか、とてもあの年頃の子供が描いたとは思えない美しい絵だった。
 よくよく見てみると華麗な羽を持つ鳥の羽のところどころにあの青い薔薇が使われている。薔薇は花びらそのままの形で貼り付けてあったが、その絵の中で美しい羽の一部として存在していた。そういえば殺那は絵に薔薇を使うつもりだったという事をここにきて遊樹はようやく思い出した。
 鈍は絵に薔薇が使えて嬉しそう殺那見て、大目にみてくれたらしい。

 怒りのやり場を無くし、どっと疲れを覚えた鈍は、重い足取りで殺音の部屋に向かっていた。
 今日もあの荷物の山から殺音の気に入る装飾品を探す作業を続けるのかと思うと、やる気も出なかった。
 しかし、扉を開けると、てっきりまだベットに横になっているものだと思っていた殺音が、きちんとした服装で立っていた。
「遅いわねぇ、さっさと出かける準備をして頂戴。」
 意外な言葉だった。
 どういうことかと鈍は訝しげな表情をする。
 間違ってもこの女は自分であの荷物の山から自分で物を探すような女じゃあない。
 だが昨日あれだけ言い合っておいて、帽子を被らなくていいなんて言う女でもない。
「だってお前、帽子…」
 言いかけた鈍の言葉を遮る様に、殺音は昨日殺那が座っていた机に置いてあった帽子を手にとって、被ってみせる。
 その帽子は昨日のスパンコールの取れた帽子と同じものであった。
 ただ昨日と違うのは、そのスパンコールの剥げた部分には、青い薔薇のコサージュが付いていた。
 何を塗ってあるのかは分からないが、生花をコーティングしてあるようで、誰が作ったのかは言うまでもなかった。
 無論、殺音もそれは分かっているだろう。
 くるりと一回まわって見せた殺音の胸元で、サファイアが薔薇と同じ色にきらりと輝いた。
「さ、早く出かけましょう。この帽子を自慢しなくっちゃ。」



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香野ルイ

おぉ、50記事おめでとー!!
最近の怒涛の更新にniceとコメントが追い付かないよ!
(だって今までの放置が嘘のような連日更新っぷりじゃないかΣ)

女優と下僕…もとい、執事もげの
(女優のみが)優雅な生活…!!
殺パンタソ何気に良い子だね!さすがお嬢様!!←
ハートフルっていうか、女優とようじょに限りなく近い生き物に
何かが滾ったよ…!!

そういえば確かに青いバラって、海の青じゃなくて
夕暮れの青って感じだよね(何年か前に新聞で見たっきりだけど)
青く染めるのってその手があったか!

by 香野ルイ (2011-09-03 21:53) 

雪之進

おめでとうありがとー
怒涛の連続更新!!記事の内容はないけどね!
まさかここまで続くとは思わなかったよ。

執事っていうか下僕だよね…反抗するけど。
女優のみが優雅くそワロタwww
殺パン普段は良い子なんだが、ちょっと頭がね・・・
きっと皆がお嬢様として甘やかして育ててるんよなー
女優とようじょっぽいもんに限りなく近い生き物に萌えてくれてありがとう!

海の青もいいけど、夕暮れの青も綺麗だよね。
染めてる青い薔薇って売ってるけど、真っ青で夜闇っぽいよ。
他にも虹色とかあるけどやばい色だぜww
by 雪之進 (2011-09-03 22:20) 

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